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1月, 2017の投稿を表示しています

ヨーク大学大学院MA in TESOLでの生活

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ヨーク大学大学院修士課程に現在留学中のAさんから留学記を送ってもらいました。



関連記事:  教英の大学院に在籍しながからの英国私費留学(修士課程2年生Aさん)
http://hirodaikyoei.blogspot.jp/2016/08/2a.html


元気に活躍しているAさんの表情が目に浮かぶようで、管理人としても嬉しい限りです。

留学に興味をお持ちの皆さん、ぜひご一読を!





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ヨークに来て4か月、第1タームの4000語エッセイ2本と期末試験を終え、先週から第2タームに入りました。今期も授業が中心ですが、現在の課題は修論のテーマ決めです。息をつく間もなく、幅広く文献にあたる日々が続いています。

MA in TESOLは150人程度が在籍し、今年は私含め3人を除きすべて中国人学生です。毎年多いと聞いてはいましたが予想以上でした。学部卒の学生が多く、現職の方は意外と少ないです。授業は多くを教育学、応用言語学専攻の学生と合同で受けます。それも何班かに分かれての講義やセミナーが中心のため、同じ専攻でもいまだに面識のない人もいます。上下のつながりはほとんどなくゼミも個別なので、教英の文化がよく懐かしくなります。




必修授業は言語学や研究法などです。院から院へ行っている身としては2~3度目の学習になる内容もありますが、噂通り予習復習に多くのリーディング課題があります。ただ、読むこと自体を改めて負担に感じることは少ないので、その点は広大の院で鍛えられたのだと思います。また、驚いたのが図書館の便利さです。年362日24時間開館、1人75点まで8週間貸出可、飲食可能な自学スペースが多くあり、ノートパソコンを4時間まで借りることもできます。期末の大変な時期を過ごすにつれ、環境が恵まれている理由が何となくわかってきました…。

休日は街中で散策や買い物をします。観光名所は何と言ってもヨークミンスターです。ヨーク大学の学生は、通常9ポンドのところを無料で入場できます。その他にも市の美術館、博物館、教会なども学生証一つで無料になるのは大きな魅力です。先日はエディンバラに行き、教英留学でお世話になった先生やホストファミリーのもとを訪れました。なかなか学生と再会できないらしく、私の訪問をとても喜んでくれました。私自身も当時はこのような形で再会できると思っていなかったので、成長した姿を見…

翻訳あそび:井上陽水「少年時代」

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小野章先生と学部生有志による翻訳あそびの第4回目です。今回も、管理人の拙訳を追加しました(今回はメロディを知っているので、そのメロディで歌えるような英訳を管理人としては目指しました)。

どうぞ皆さまも翻訳を通じて、英語と日本語の理解を深めてください。言語に対する深い理解が適切な言語使用を生み出す源となりますから。



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翻訳あそび4回目(2017年1月26日)です。

今回は井上陽水の「少年時代」の冒頭部を英語に翻訳してみました。




夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう 青空に残された 私の心は夏模様




翻訳の遊び場から見える青空(冬模様)



翻訳者K
A thistle is blooming alone. Who are you waiting for? I’m lonely too, but I’ll wait for you.


翻訳者T
The best summer has gone. The wind is blowing flowers. The wind is blowing anyone who is wishing for the summer. The summer still remains in my heart. The best summer I recall repeatedly.


翻訳者H
I can’t still forget you. You’ve left me and I’m alone. I’m still in memories with you. My head knows it but my heart doesn’t.


翻訳書N
My summer flied, Leaving me alone. The lonely thistles were trembling In the wind. Who were you waiting for? Under the blue sky, My lonely heart missed my summer.


翻訳者O
Summer is gone Thistle is wavering in the wind Wandering in someone’s dream Left in the blue sky My heart is still hovering …

入試や評価についての学生さんの感想

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学部3年生向けの授業「コミュニケーション能力と英語教育」で以下の記事を題材にして、コミュニケーション実践と客観性について討議しました。


■ 8/20学会発表:「英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて」の要旨とスライド
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/820.html
■ 論文初稿:英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて
https://app.box.com/s/h7ev6jm5i6g56096xe8reqmxgc33b69o
■ 研究の再現可能性について -- 『心理学評論』(Vol.59, No.1, 2016)から考える
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/vol59-no1-2016.html
■ 比較実験研究およびメタ分析に関する批判的考察 --『オープンダイアローグ』の第9章から実践支援研究について考える--
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html
■ 「テストがさらに権力化し教育を歪めるかもしれない」(ELPA Vision No.02よりの転載)
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/elpa-vision-no02.html


以下は、その感想の一部です。入試や評価については小手先の改善ではなく、根本的に考え直すことが必要だと管理人は思っています。 小さな疑問を声に出して、対話を重ねながら大胆に行動を変えることが重要ではないでしょうか。




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■ 授業中に日本の大学入試について少し考えるところがありました。大学入試はAO入試や推薦入試を除くと、センター試験と二次試験の2つん試験を受けます。広大を例にすると受けたい学部によってセンターの科目を選び、その学部に指定されたいくつか科目の試験を受けるわけです。

さて、ここで見られる多元性といえば、センターでどの科目を選択するか、学部によって課される科目は何か、くらいです。学部をまたがっても科目の試験の問題の内容は同じですし、得点配分が少し変わるぐらいです。どうして学部によって試験の内容を変えたり、せめて問題だけでも変えたりしないのかなといつも思っていました。なんなら筆記試…

翻訳遊び (Falling in Love with Love)

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今回も小野章先生から、「翻訳遊び」について寄稿してもらいました。例によって管理人も拙訳を追加しました。皆さんも翻訳をお楽しみください。



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今回(平成29年1月19日)は,岩波文庫から出ている『アメリカ名詩選』(亀井俊介・川本皓嗣編)中の(歌)詩の翻訳です。なお,同詩選には次のような簡単な紹介が載っています。



「作曲リチャード・ロジャーズ,作詞ローレンツ・ハートという名コンビが1938年に作ったミュージカルの傑作,The Boys from Syracuseからの歌。のちジャズやポピュラーのスタンダード・ナンバーになった。」






Falling in Love with Love

Falling in love with love is falling for make-believe.
Falling in love with love is playing the fool.
Caring too much is such a juvenile fancy.
Learning to trust is just for children in school.
I fell in love with love one night
When the moon was full.
I was unwise, with eyes
Unable to see.
I fell in love with love,
With love everlasting.
But love fell out with me.












恋をした (翻訳者M)

恋に恋をする。それはもの思いにふけること。
恋に恋をする。それは愚かな行為だ。
依存なんて子どもじみたもの。
人の愛し方だって子どもですらわかるのに。
月が満ちた日
あやまちをおかした。
思慮に欠け恋に溺れた。
恋に恋をした。
一生終わることのない時間のはずだった。
残るのは虚しさだけだった。






恋をする (翻訳者T)

教英イギリス留学プログラム説明会を行いました

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本日、業者の方に来ていただき、教英イギリス留学プログラムに関する手続き等の説明会を行いました。



平成2年にスタートしたこのプログラムには、これまでおよそ600名の教英生が参加してきました。さまざまな留学プログラムの中でも、長年の実績があるプログラムだけにいろいろな知恵が集約されています。

今回は、エジンバラ大学に11名の学生(新2年生)が留学を行います。これから留学に向けて本格的に準備をしていくことになります。様々な体験をして、大きく成長して帰って来てくれることを期待しています。




「コミュニケーション実践と『客観性』」についての学生さんの予習書き込み

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コミュニケーション能力と英語教育」という授業で、コミュニケーション実践と「客観性」という講義を本日これから180分の前半部分で行います。予習では以下の記事を読んでおくことを求めました。


■ 8/20学会発表:「英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて」の要旨とスライド
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/820.html
■ 論文初稿:英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて
https://app.box.com/s/h7ev6jm5i6g56096xe8reqmxgc33b69o
■ 研究の再現可能性について -- 『心理学評論』(Vol.59, No.1, 2016)から考える
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/vol59-no1-2016.html
■ 比較実験研究およびメタ分析に関する批判的考察 --『オープンダイアローグ』の第9章から実践支援研究について考える--
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html
■ 「テストがさらに権力化し教育を歪めるかもしれない」(ELPA Vision No.02よりの転載)
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/elpa-vision-no02.html


完全な親バカ状態ですが、予習段階で学生さんは既にいろいろなことを考えているようにも思えました。以下に、その一部を掲載します。赤字化と段落改行の追加は私が行いましたが、それ以外はどの文章も学生さんが書いたとおりの文章です。





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■ 「数直線的客観性」、これに私たちは支配されています。資本主義社会においてあらゆる商品はその質と関係なく「貨幣量」という指標で表される。また、教育の成果は数値で示される。確かに、数値化することで具体性が増したり目標が明確になったりすることもあります。

 最近、ある授業で他人の解答を採点する機会がありました。こちらが設定した採点基準に沿って相手の解答を数値化します。しかしその時に採点対象となるのは回答欄に書かれている文字のみであり、その人の思考プロセスなどは考慮されません。

 アクティブラーニングの推進により、単なる一…

野口三千三の身体論・言語論についての学生さんの振り返り

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コミュニケーション能力と英語教育」という学部3年生向けの授業で、野口三千三さんの身体論・言語論を講義したところ、(親バカなのかもしれませんが)学生さんたちなりによく理解してくれたのではないかと思います。


ここでは身体論(意識と非意識)、言語論(ことばが選ばれる前のこの原初情報の段階)についての振り返りの一部を掲載します。赤字化と段落改行の追加は私が行いましたが、それ以外はどの文章も学生さんが書いたとおりの文章です。





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■ 前半の授業で野口三千三さんの「こころにとっては非意識こそが本来的であり、意識は必要に応じて非意識が出現させるものに過ぎない」という言葉を読んで、実際の生活の中で具体的にどのようなことがこれに当てはまるだろうかと考えてみました。

1つ思いついたのが、今住んでいるアパートのオートロックの鍵番号です。アパートのオートロックを解除する際、もう完璧に覚えているのでいちいち鍵番号を確認したり、唱えながら押したりはしません。ですが先日出先で鍵番号を思い出そうとした時、とっさに思い出すことができませんでした。そこで目を瞑り、頭の中でオートロックを解除する情景を思い浮かべ、右手を空中で動かしてみると、やっと数字を思い出すことができました。いつも鍵番号を打ち込む時は「非意識」で、それを出先でなんとか思い出そうとした時に「意識」を出現させたのだと思います。



■ 今日の授業を振り返って,私は「意識的なもの」というのは人間の中身のほんの一部が表出したものに過ぎないということ・人間のほとんどが非意識によって支えられているということを知って正直驚いた。

しかし、スポーツに例えてみると、確かにそのことは明確に当てはまる。私は小中高と剣道を続けてきたが,剣道の技の中に「返し技」、いわゆるカウンター攻撃のようなものがあり,相手の繰り出してくる技に対して,それを利用してこちらが仕掛けていくのだが,それは意識すればするほど,相手の動きを見すぎてカウンターの態勢に入るのに数秒遅れてしまいうまくいかないことが多かった。逆に,返し技が成功した時は,いつも気づいたときにはもう終わっていた。授業スライドの中で「どのような状態を準備すれば、好ましい適切な自動制御能力が発揮されるか」という記述があったが,まさに意識的に正そうとするよりも,準備を整えることの方が重要だと今思えばとても実感で…

「わからない」という感性を大事にできる学校を作りたい

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学部三年生の授業冒頭で、私塾「松葉舎」を立ち上げた江本伸悟先生のことばを伝えました。

人々が当たり前だろうと思い込んでいる事柄に対して「わからない」と思える完成が、科学にとって(あるいは人生にとって)重要ではないかといった趣旨の文章です。


「わからない」という感性の重要性 -- 江本伸悟先生と学部三年生のことば
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/12/blog-post.html


それなりに教師志望の学生さんの心に響いたようなので、その感想の一部をここに紹介します。

「わからない」という感性を大事にできる学校を作りたいと思います。





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■ 「分からない」とは、「能力がない」「理解が不十分」ということで、テストで悪い点がついて、行きたい大学に行けないかもしれないし、将来就ける仕事も限られてくるかもしれない ーー そんな「分からない」観をもっていた高校生のわたしは急き立てられるように、いつも何かを理解したふりをして日々過ごしていたように思います。大学に入ると、英語は、世界はわからないことだらけだということに気づき、焦りを感じることが多くなりました。わたしの「分からない」観はほとんど成長していなかったように思います。

”分からなさを養う余裕” ーー いつか腑に落ちるかもしれませんし、わかったふりをしない勇気と瑞々しい感性は誇っていいものなのだと思うと、もっと色んなことを学んでみたいと思えてきます。

私は塾で講師をしていますが、生徒さんたちとお話しする中で「どうせやってもわからんけぇ、勉強するのやだ!」という言葉をよく聞きます。ふとその言葉を思い出して、もしかしたら彼らも以前の私がもっていたような「分からない」観をもっているからだろうか、と思いました。

教師になりたい自分にとって、「分からない」をどのように捉えるのかということは生徒に大きく影響を与えるのかもしれないと思うと、”分からなさを養う余裕”という考え方に出会えたのは自身の財産になるでしょう。


■ たまたま先日見たTEDの動画が、このことに少し関連する内容を言っていた。自分は分かっていると思い込み過大に評価してしまうことほど怖いものはない。むしろ無知よりも恐ろしいと。この考え方は、本当に分かっていない状態とは分からないことに気づいていない状態であるとし、自分の無知に気…

スクラブルの広島大会で教英生が優勝し、5人の日本代表に選ばれました

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明けましておめでとうございます。今年も広大教英をよろしくお願いします。




さて、昨年末に「スクラブル」と呼ばれる英単語作成ゲームの広島大会で、教英生が優勝し、5人の日本代表に選ばれたとの報が、Katherine Song先生から入ってきたので、この場でお披露目をします。




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I am very proud to announce that on Saturday, Dec. 17th, Azumi Onari (教英26) took the first place at the 8th annual Hiroshima Inter-University Scrabble Contest.

  Six  Hiroshima University Scrabble Players (HUSPs) Aikokai competed at the event and placed 1st (Azumi), 2nd (Takuya Okuse), and 4th (Haruka Hirose, 4th year Kyoshin). 

Azumi will be one of the 5 players from Japan competing against players from Hong-Kong Scrabble Players Association next April.  The game will take place at Hiroshima International University's Hiroshima City Campus on April 1-2, 2016.

Katherine Song