2018/02/20

学んで「ためになったなぁ」と思わせることのできるような英語教育をめざしていきたい


以下は、学部三年生向けの授業「英語教育とコミュニケーション能力」を受けた学生さんの授業の振り返りです。

こういった考えが回りから潰されないこと、また自分自身で潰してしまうことがないことを祈ります。





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 「どうして英語を学ばなければならないのか」「日本語で十分なのにわざわざ苦労してまで英語を学ぶ理由はなんなのか」英語が苦手だった私自身学生の頃なんども感じてきた思いであり、今の学生の多くも同じように疑問を抱いているに違いない。近い将来英語教育に従事することになる今の私にとっても避けては通れない問題である。今回の授業を通してその答えを考えるきっかけになるものを得ることができたように思う。以下にまとめていきたいと思う。

 一つ目は「評価」のありかたである。実習の時から、授業中のいかなる活動もどのようにそれを評価するのかまで考えて行いなさいときつく指導を受けてきた。たしかに生徒の作品の出来栄えや問題の正解不正解など、ある程度目に見えて評価できるものを基準として生徒を評価することはたやすい。しかし全てを数値で推し量ることはできないにも関わらず、今では学校での成績がその人物の全てを表すように扱われている。各学校は進学率や学業成績などをもってその学校をアピールし学生を集めようとする。私の高校の同級生の中には、私立の大学への進学を強く望んでいたが、担任の先生から「私立に心が固まっているとしても国公立の入試を受けそこから考えなさい。」と言われ、望みもしない大学の入試を受けたものが何人もいる。その先生がどのような考えのもとこのような指導を行ったか定かではないが、その中には間違いなく、進学率をあげるという考えがあったのだと思う。学生自身も成績に関してのみ強く関心を持ち、成績を上げるために活動に取り組む、成績を上げるために提出物を出す、成績を上げるためにテスト勉強をする、このような考え方を誰しもが持っているように感じる。それまでの成績と入試が、高校や大学への合否を決める以上成績を求める考え方は当然のものであり、教師の立場から考えても、成績のためだとしても学生が活動や課題に取り組む中である程度の“力”がつく(ついたような気になる)のであれば、そうさせていればいい、といった考え方があるのではないかと思う。

 このような経緯でついた“力”は一体なんのためになるのであろうか。何事もそうであるが、学びたい、上手くなりたいなどの向上心を持ち、悩み、苦労しながら取り組み体得したものでなければ、身にならない頭に残らない心に残らない。この授業で田尻先生の授業実践の動画を見たが、あのような環境でスピーチを行った学生たちは決してあの授業を通して学んだことを決して忘れないであろう。ただ英語を話せる、内容や構成の良し悪しなどの、数値では見えないものがそこには間違いなくあった。ただ教科書をなぞるようなスピーチの授業では得られないものがあったのだと思う。私たちが行う評価というものがいかに表面的なものであるのかということを学ぶことができた。現代の評価のあり方を深く鑑みながら、本当に生徒にとって必要な“力”がなんであるのか、という視点を忘れないことが大切であるということを学んだ。

 二つ目は「感性」である。この感性を育てることを、未来の生徒だけでなく私自身忘れることのないようこころがけていかなければならないなと感じた。教科書の本文からはなかなか得られることのできない感覚をこれからも大切にしていきたいと思う。コミュニケーションの三次元的理解にもあったように、身体や言語だけでなく心もコミュニケーションの重要なファクターのひとつである。読書や映画などを通じて、言葉にならないような感覚を得る経験は今後必ず必要になるものである。知識や技術はいつでも取得することができるが、心を育てることは容易ではない。学校教育というものが、成績を得る、良い評価を得るためのもの、進学率をあげるという機械的なサイクルに入ってしまっている中、生徒の心、感性を育てるような授業を考えていく必要があると考える。私自身感性を忘れず、生徒にも感性をつけるよう心がけていきたいと思う。

 時代とともに英語そのものも変化をし、英語に対する我々日本人のみかたも変化してきた。近年では、小学校で英語教育が始まるなど英語の熱はさらに増していくことが考えられる。そんな中、近年話題のオールイングリッシュの授業を通じて育ったのは、英語は話せるが中身や内容の乏しい生徒であるように感じる。さらにグローバル化がうたわれる中で今後は「役に立つ」英語や「実践的な」英語を教えることが求められる。しかし、学生の立場で考えるとなかなか使用する機会がない以上、「使わない→使わないから役に立たない→役に立たない」から学ばなくてもいいという考えに至っても仕方ないのではないかとも感じる。

 今後は、英語を学ぶことそのものの楽しさや面白さ、それを通して得られる感動や心の動きに着目した英語教育を目指していきたいと思う。英語そのものをただ学ぶのではなく、英語学習を通じて得られる、日本語の深い理解や教養的な側面にも目を向け、学んで「ためになったなぁ」と思わせることのできるような英語教育をめざしていきたい。



授業を終えた一年生の感想


以下は、学部一年生向けの授業「英語教師のためのコンピュータ入門」を受けた学生さんの授業感想の一部です。

当たり前すぎて言うのが恥ずかしくなるぐらいのことですが、教室の内で閉じてしまう学びではなく、生きる上での糧となるような学びを育む授業をしなければと思います。





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  この授業を受けて、日常生活においても大きく考え方が変わったように思う。それは自分の考えたことを素直に表現してもいいのだ、と思えるようになったことだ。これまでは相手の表情ばかりをうかがって、思ってもいないのに相手の意見に賛成したり、目立たずに話を終わらせようとしたりしていた。この授業で、自分なりの考えを発言することで自分の間違いに気づき、新たな視点を見つけることができた。

 この授業のまとめとして、自分に言い聞かせておきたいことは、自分を過信しないこと、かといって難しいことをあきらめることで自分自身を見限らないこと。この2点だと思う。


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 私はこの授業を受けるまで大学に入学できたことに満足し、前期を終えて単位が取れていたことに安心して後期も似たように過ごすのだろうと思っていた。しかしこの授業を受けてこのままではだめだと思った。またこのように単位だけ取得してあっという間に大学生活が終わってしまってはもったいないと感じた。

 私達の生きる時代はAIに取って代わられることが懸念されている時代であり、私達の世代は明治時代に努力してきた人々を一代目とし、第二次大戦後の復興をなしとげた人々を二代目としたときの三代目である。私達は呑気に大学生活を送るのではなく自分で何が必要かを見極め学び続ける必要がある。

 教師になるためには人間性だけでなく英語力があるということが大前提であるということ、正しい発音の練習が大事であるということを改めて実感することができた。自分たちはまだ一年生だからと甘えるのではなく努力しつづけなければならないと感じた。TEDの動画を観たときに英語を聴いて英語のまま理解するという練習がまだまだ必要だと痛感させられた。これからも英語の面白い動画を観て、内容を楽しむだけでなく英語を聴き取る練習をしたり初めて知った英語表現や好きな英語表現を見つけたりしたいと思った。

 今まで教科書や試験などのリスニング教材しか聴いてこなかったがTEDのような面白い動画を聴くということを知れてより充実した練習ができると感じた。Graded Readersを読むことで単に英語を読むのではなく英語を読んで面白いと感じて笑ったり、こういうことかということがわかって怖くなったり、主人公に感情移入して悲しくなったり怒りが湧いたりする感覚を経験することができた。また教科書の例文には無いような英語表現を見つけて意味がわかって楽しくなることができた。この授業で学んだことや驚かされたこと、また課題をやることで感じたことや得られたものを忘れずこれからの大学生活を充実させたものにできるようにしたいと思う。

2018/02/13

学部2年生が留学説明会を開催しました




昨年、エディンバラ大学へ留学した学部2年生が、今年の4月に新たにエディンバラ大学へ留学予定の1年生のために、留学説明会を開いてくれました。クレジットカードやキャッシュカードに関するアドバイスから始まり、通学、携帯電話、防犯、気候、持っていく荷物、帰国する際の荷物の配送、エディンバラ大学での生活の様子など、とても幅広く説明をしてくれました。また、おすすめのお店やカフェ(そしてメニューも!)、旅行先などについても実体験に基づいた話をしてくれ、1年生にはとても参考になったと思います。

2年生は様々な楽しい経験をしてきてくれたようで、そのことが1年生にも伝わったと思います。これから、1年生はいよいよ本格的に留学の準備を進めていくことになります。1年生もぜひいろいろな経験をしてきてほしいと思います。それにしても、イギリスのチョコレート、ついつい食べ過ぎちゃうくらいとても美味しかったみたいですよ。

教英は伝統的に学年間の関係がとても密接で、こういった企画を学生が主体で行ってくれることは、とても大きな強みです。みなさんも、教英で一緒に学びませんか。

西原貴之




「いま・ここ・わたし」を離れたことば

以下に引用するのは、下の章を使った授業を受けた院生さんの感想の一部です。 Experience and Thinking (Chapter 11 of Democracy and Education) http://yanaseyosuke.blogspot.com/2...