2017/01/17

野口三千三の身体論・言語論についての学生さんの振り返り

「コミュニケーション能力と英語教育」という学部3年生向けの授業で、野口三千三さんの身体論・言語論を講義したところ、(親バカなのかもしれませんが)学生さんたちなりによく理解してくれたのではないかと思います。


ここでは身体論(意識と非意識)、言語論(ことばが選ばれる前のこの原初情報の段階)についての振り返りの一部を掲載します。赤字化と段落改行の追加は私が行いましたが、それ以外はどの文章も学生さんが書いたとおりの文章です。





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■ 前半の授業で野口三千三さんの「こころにとっては非意識こそが本来的であり、意識は必要に応じて非意識が出現させるものに過ぎない」という言葉を読んで、実際の生活の中で具体的にどのようなことがこれに当てはまるだろうかと考えてみました。

1つ思いついたのが、今住んでいるアパートのオートロックの鍵番号です。アパートのオートロックを解除する際、もう完璧に覚えているのでいちいち鍵番号を確認したり、唱えながら押したりはしません。ですが先日出先で鍵番号を思い出そうとした時、とっさに思い出すことができませんでした。そこで目を瞑り、頭の中でオートロックを解除する情景を思い浮かべ、右手を空中で動かしてみると、やっと数字を思い出すことができました。いつも鍵番号を打ち込む時は「非意識」で、それを出先でなんとか思い出そうとした時に「意識」を出現させたのだと思います。



■ 今日の授業を振り返って,私は「意識的なもの」というのは人間の中身のほんの一部が表出したものに過ぎないということ・人間のほとんどが非意識によって支えられているということを知って正直驚いた。

しかし、スポーツに例えてみると、確かにそのことは明確に当てはまる。私は小中高と剣道を続けてきたが,剣道の技の中に「返し技」、いわゆるカウンター攻撃のようなものがあり,相手の繰り出してくる技に対して,それを利用してこちらが仕掛けていくのだが,それは意識すればするほど,相手の動きを見すぎてカウンターの態勢に入るのに数秒遅れてしまいうまくいかないことが多かった。逆に,返し技が成功した時は,いつも気づいたときにはもう終わっていた。授業スライドの中で「どのような状態を準備すれば、好ましい適切な自動制御能力が発揮されるか」という記述があったが,まさに意識的に正そうとするよりも,準備を整えることの方が重要だと今思えばとても実感できる。


 このことは子どもの学習にも効果を発揮すると考えられる。子どもに意識させる指導も大切ではあるが,「気づけばできるようになっていた」という体験をさせるために、いかに授業の中で仕込みをしておくか,どのような学習の環境下に置くことで子どもたちが「好ましい適切な自動制御能力を発揮する準備」を整えることができるかを考えることは大切だと感じた。そのことは言語教育にも共通していて,言葉の吟味においては,子どもたちが「どうしてもこのニュアンスを言葉で表したい!」と思わせるような授業づくりや活動の設定が不可欠である。気づかぬうちに夢中になっていたことが学習につながるほど素晴らしいことはないと思った。



■ 「意識で把握できることはほとんどわずかなことにしかすぎない」という言葉がとても印象的でした。私もどちらかといえば人は意識で動いていると思っていましたが、まずは無意識で動いていてそれを意識的にしていると脳が錯覚を起こしているというのには驚かされました。もともと意識で制御できるように人間の体はできておらず、だからこそ意識しすぎると逆にうまくいかないということが起こりうるのかと、大いに納得しました。

まさに、英会話がそうだと思います。何を話すか何を聞こうか準備して望んでも思ったように話すことはできないし、イレギュラーなことに対応できなくなってしまうという経験をしたことがあります。会話をしなくては!と意識しすぎるのではなくいかに自然体で“おしゃべり”を楽しめるか、というのが大切なのだと感じました。

これは授業づくりでも同じで、生徒がどうしても話したい内容があって相手に伝えたいと思えば、なんとかして身振り手振りも交えて相手に伝えようとするでしょう。そういったトピックを授業に取り入れることができればなあと改めて感じました。不自然なジェスチャーを叩き込むのではなく、生徒から自然に湧き出てくるジェスチャーを大切にしてあげたいです。


■ 言語と非意識についてまとめると,母国語に関しては意識せずとも表現が口から出てきますが,外国語に関してはなかなかそうとはいきません。ただ,一度だけ自分でも驚くほど意識せずとも英語がスラスラと話せたことがありました。それは留学中に開催した日本文化を現地の人に紹介するイベントのでの出来事でした。いくつかの企業にスポンサーとして協賛してもらっていて,そのスポンサーの方がイベントへ来た時に自分が説明しなければいけませんでした。英語で日本文化を紹介しなければいけない,なかなか難易度が高いシチュエーションだったのですが,不思議と言葉に詰まることなくスラスラと説明することができ,相手もよく理解してくれていました。


この時私は「意識の中でできることと,人間ができることとの間には乖離がある」ということを身をもって体感することができたように思います。その時私が意識していたことと言えば何を話そうか,どういった説明の仕方をすれば伝わるのかと言ったような内容に関するものばかりで,英語の表現に関しては一切考えていませんでした。普段英語を話している時とその場面とで何が違ったのかを考えると,責任感や話す内容が私にとって馴染み深いものであったことなど様々考えられますが,一番はやはり伝えたいという気持ちが極限まで高まっていたことだと思います。自分が一生懸命に考えたイベントをどうにかしてスポンサーに人にわかってもらいたい。この気持ちこそが言語を使用する時に最も大切な要素であることは重々理解していたつもりでしたが,言語を非意識のうちに使うためにも大事であると今回わかりました。


■ 前回の授業で学んだことのひとつに、無意識に体が反応することが、言語を生成する時にも起こっているというものがある。我々が日本語を話す時は言いたいことがすらすらと出てくるが、英語を話す時はそうはいかない、と、外国語を学ぶ人は思っている。しかし、私の経験を踏まえて自分が本当に伝えたいと思うことを話している時は英語であっても言葉は無意識に出ていることがある。

この度学科の行事で英語を話す機会があったが、みんなにこれだけは分かってほしいと願うような内容は無意識に言葉が出てくる。もちろん、文法ミスは発音のミスはたくさんしている。しかし、自分が本当に言いたいことを言っている時、言葉につまってしまうことはなかった。

それに対し、文法にこだわって話している時は全くすらすらと言葉が出てこない。例えば、明日の予定を言う時に、「未来のことだからwillか。いや結構近い未来やからbe going toかな。いや、明日ってことは近接未来やから現在進行形でもいいかも。あ、でも確定した未来の予定を表すには現在形でもいけるって最近習ったな。」などといちいち考えていては何も話せない。笑い話のように思えるが、同じようなことはあちこちの学校で教えられている。現に僕が予備校で受けていた授業はこういった形式で行われていた(予備校の目的が受験で勝たせることなので当然のことではあるが)。


■ 今回の授業では日常で特別意識しないような「当たり前」のことを、新たな角度から再認識することが出来た。「人は意識があって反応する」という考えが一般論であり、私もそれを信じていた者の1人であるが、実はそうではないらしい。

「心、からだ、ことば、声の全ては、からだの中身の変化である」、つまり非意識の変化が先で意識はその後に生じるということだ。確かに痒いと思う前に勝手に手が伸びていたり、熱いと認識する前にからだが動いていたりする経験から納得がいく。誰かに向かって何かを熱く語っている時、一体どこからことばが出てくるのか不思議に思ったこともあるが、これも同じ原理だと分かった。


 イギリスに留学中、何度かこの経験をした。各国出身の人と会話をしていると、授業内外問わず日本のことについて尋ねられることがあった。「日本ではどんな英語教育が行われているの?」「なぜ日本人は授業中消極的なの?」「日本語に興味があるから、漢字を教えてほしい」。日本ではなかなか質問されないような内容であったのと、ぜひ皆に日本のことを知ってほしいと思ったので、私はこれらの質問につたない英語で必死に答えた。語彙も表現も決して豊かとはいえない英語であったが、自然と英語が次から次へと出てきたし、その時ばかりは日本語ではなく英語で思考しているような感覚におそわれた。これはきっと意識して話そうとしたのではなく、日本のことをもっと知ってほしい、という私の中での動機が高ぶっていたからだと思う。

 近年、英語の授業においてディベートやディスカッションの導入が注目を浴びており、それの実践には様々な段階が必要である。私自身実習中、議論する時に役に立つ表現や論の展開の仕方をどうやって指導するかばかり気にして、それに頭を抱えていた。しかし、今日の授業を受けて、生徒たちに必要なのは議論のための知識ではなく、心から「話したい」「伝えたい」と思えるような動機なのではないかと思った。こちらの示した何かが生徒たちの中で変化を起こし、それが強い衝撃、動機にさえなれば、議論は勝手に生じ、進んでいくのだと思う。


■ こころとからだについて学びを深めることができたと思います。人間は非意識が主体であり、意識を作り出している。からだの状態が悪い時に、何でもネガティブにとらえてしまいがちになるのはこの一種でしょうか。スポーツに関して、僕はサッカーをしていたのですが、この話には大いに共感がもてました。一対一をするときに相手をだますフェイントをかけることがあるのですが、実際試合中対峙したときに、相手にこうフェイントをしようなどは考えておらず、身体が勝手に動いて気づいたら相手を抜いていたり、取られていたりします。試合中はボールをもっているときはほぼ無意識で動いています。またゴール前で急にボールが転がってきたときは、身体が勝手に“反応”します。習い始めの初歩的な時は、軸足の位置やボールのどの位置を蹴るかなど、しっかりと意識するのですが、徐々にしなくなり、非意識でそのように動きます。いちいち意識していたらコンマ一秒を争う競技では時間がないです。


目の前にボールが転がってきたときに体が反応するというのは、私たちが目指したい教育と同じなのではないでしょうか。生徒に何らかを提示し、それに生徒の意識ではなく、非意識、身体が反応し、感覚・情動が奮い起こされ、こう言いたいという意識となり、さらにはことばとなって表出する。今回でてきた言葉で言うと、それぞれの生徒にとって情報が溢れている課題を用意してあげることが教師にとって必要なことではないかなと思います。



■ 意識と非意識についての話では、言語使用や教育について考えさせられました。「非意識が自己の総体の主体であって、主体が意識を創りだし、それを使い利用する」と野口さんの言葉にありました。確かに、日常生活で常に何かを意識しなら行動をすることはありません。日本語を使うときも意識よりも先に言葉が出てきますし、日本語とまではいかなくても、英語でも意識することなく口から言葉が出てくることもあります。

そう考えると、PPPとTBLTが咬み合わないというのはとても納得がいきました。ある文法を提示し、練習させ、それができるように何か活動する、といった授業では常にその文法、形式を意識しながら会話をしてしまいます。意識することによってその形式が使えても、非意識の中でその形式が使うことができるようになるとは思えません。無意識のところから英語が出てくるようになるための方法をこれから取っていく必要があることを実感しました。

また、ジェスチャーについても同じようなことを思いました。自分が中・高のときにジェスチャーをしなさいと教えられていたことや、授業観察などでもジャスチャーを指導しているのを見たことを思い返して、意識してジェスチャーをすることの不自然さを今回の授業を聞いていて感じました。おそらくジェスチャーをするように求められたり、教えられたりするのは、英語を話すときに言葉に意識を置いているからだと思います。「言葉を使う」ことに意識してしまっていて、「言葉を伝える」ことができていないのではないでしょうか。私は授業中に隣の人と意見を交わすだけでも、身振り手振りで話していました。ジャスチャーが自然と使えるようになるためには、やはり言葉を非意識の中で使うことを求められるのだと思います。


■ 野口三千三さんは、敗戦体験や自身の障害から、人生が一瞬で変わる経験をし、絶対的な価値観、絶対的基準は存在しないのだと考えました。そして、すべての基準は、自分自身の中で作り、そのつど更新していくものだと考えました。「もの・こと」が静かに語ってくれることを貞くことが大切で、そうすることが生きることなのだともおっしゃっています。五感があることで、感覚とは外界の情報を受け入れるものと思われがちですが、自分の内側にも感覚があり、それが感覚の本質であります。未知のものも含む無数の感覚が有機的につながりながら感覚として内側で機能している、という記述が気になり、からだのことやからだとこころのつながりについて少し調べてみたところ、人体の不思議さに思い至りました。「細胞一つ一つに意識がある」という記述も見つけました。


 こころの主体は無意識であり、意識とは無意識が作り出した道具ということで、授業中にも楽器の演奏と意識の在り方についての発言がありました。私は打楽器を演奏しますが、その中でも特にドラムセットや鍵盤楽器といった複数の打点を移動する楽器を演奏する際は、やはり意識しなくても手が動くまで練習します。打点を移動する流れを腕に組み込むようなイメージですが、最初は最短距離を効率よく移動するように、あるいは楽器の音がきちんと鳴るような向きで次の音を叩けるようにマレット(楽器を叩くもの)の動きを意識しながらゆっくり繰り返します。そして、だんだん意識しなくても動かせるようになるようにします。この場合も意識は、非意識の状態で新たな動きをできるようになるために、その動きを習得するための道具として働いているといえるのだろうと解釈しています。また、私は演奏会本番での記憶がいつもほとんどありません。ただ、いつもできないところができた、あるいはミスをしてしまったところは、急に意識が出現して、その場面のことはきちんと覚えています。だから、記憶がないときは、非意識の中で演奏していたということだったのだろうと思いました。


 さらにもう一点、楽器を通しての経験から意識/非意識について言及したいと思います。最近吹奏楽界でも注目され始めた指導法及び練習法で、アレキサンダー・テクニークと呼ばれるものがあります。昨年5月に講習会に初めて行ってから、少しずつ関連記事を読み、自分の演奏やサークル活動の参考にさせて頂いていました。「『どのような状態を準備すれば、好ましい適切な自動制御能力が発揮されるか』というところに、問題の鍵がひそんでいるのである。」という記述がありましたが、アレキサンダー・テクニークはこの点を非常に重視した指導法だと思います。そもそも、人間の体のつくりや、脳の働きを考慮に入れ、効率よく体を動かすことを目指す指導法であり、音を出す前の姿勢の作り方や、なにを考えて演奏に臨むべきか、ということを考えます。例えば、「◯◯するな」という伝え方は逆効果であること、合奏で失敗して謝るのはおかしいこと、自然なからだの在り方が最高のパフォーマンスに欠かせないことなどがあり、吹奏楽に限らず、英語教育でも応用できると感じたのを思い出しました。結局吹奏楽の側面を重視して見ていたことが多かったので、改めて英語教育でも使えるように見直したいと思います。


■ 今回の講義の中で一つの柱であった意識の観点から二点についてまとめていきたい。

 まず意識の観点から一点目として、「非意識が意識を創り出しそれを使い利用する」という考えについて意見をまとめたい。正直なところ予習の段階では野口さんが何を言いたいのか自分の頭に上手く落とし込めていなかったが、柳瀬先生の「好きな人って意識しなくてもあらゆる感覚で探し当てて目で追ってしまっているでしょう」という具体例を聞いて即座に「外界の情報を基盤として無意識が意識を作り出している」ということを理解することができた。好きだと言う意識よりも先に勝手に目で追っていたり、知らぬうちにその人のことを考えてしまったりというような非意識に起きた現象が原因で、それが〇〇さんのことが好きだという意識を創り出していると考えることは確かにできると納得した。


 二点目は前述の意識の話に伴い、「『人間はもともと意識で思うように制御(コントロール)できるようには出来ていないのだ』ということであり、『どのような状態を準備すれば、好ましい適切な自動制御能力が発揮されるか』というところに問題の鍵が潜んでいる」という主張について、私はサッカーという競技を通じて思う節があった。

サッカーという競技は意識と無意識が何度も行き来する競技で、例えばプレーをしている時に左右どちらの足で、どこにトラップすればシュートが打てる、などと意識的に考えながらプレーする時もあれば、非意識のうちに体が動いてプレーしている時もある。私は小学1年生の時からサッカーをしているが、プレーの調子が良い時というのはなぜ調子がいいのか自分にもよく分からないうえに、特にあれやこれやと考えている感覚もない。気づいたら身体が意識よりも先に動いて、意識が現れた頃には既にシュートを放っていて、ゴールの中に吸い込まれていく光景だけが目の前に広がっている。このような現象が恐らく、無意識が意識を作り出す前に行動に現れ、それを最高・最善の意識として生み出しているということなのだと思った。

また、文章後半の「どのような状態を準備すれば、好ましい適切な自動制御能力が発揮されるか」という主張についてだが、この、状態を準備するというところをサッカー選手はとても大事にしているように感じた。自分を含めサッカー選手は「調子」というものにとても大きく左右される。だがそれを完璧にコントロールできる人はいない。しかしながら調子を良い状態に保ち続けるために、サッカー選手は食事に気を使い、何時に寝るか考え、体のケアをし、本当に効果があるとは思えないけれど気休めになるはずだとルーティーンをするのである。プロに近づけば近づく程、これを大切にしているように思うし、大切にしているからこそある程度高いクオリティでプレーし続けることができるのだと思う。従ってサッカー選手は、無意識のうちにこの最高・最善の意識を産出する状態の準備というものを行っていたのである。

 そこでこの状態の準備というものを英語教育に当てはめると、非意識的に英語が口からでるという環境(状態)を教師が整備する必要があるということにつながる。その状態の整備というものは具体的に、英語を使うことの楽しさを感じさせること、失敗を歓迎する空気感、リアリティを演出することなどに終着するのではなかろうか。試合の前日にダラダラと過ごしお酒を飲んだりしていたら翌日動きが悪くなるのと同じように、文法説明を聞かせられた後に、急に英語を喋れ、などと言われても何の準備(英語を非意識的に発するための準備)もできていないのだから良いパフォーマンスができないのはもっともなことである。




■ 原初段階を大切にするということ -- 本日の授業で最も印象に残り、考えを深めるきっかけとなったお話です。原初段階とは、言葉を選択する以前の、何か言いたいこと、伝えたいことが心の中でもぞもぞしている状態のことだと解釈しました。現在の教育では、この部分を評価することはあまりないように感じます。(そもそも評価する必要もないのかもしれませんが)

それでは原初段階にはなんの意義もないのかというと、そうではありません。適切な言葉は見つけられなくても、何か言いたい、伝えたい、言葉にしたいと生徒が感じた瞬間にこそ学びは始まるのだと思います。僕らがこれまで大学の授業で学んだのは、生徒が何か言いたい、伝えたいと感じるような状況設定の上で言語活動をするということでした。この意味を僕個人としては「なんとなく、生徒がやる気が出て身につきやすいんだろうな」と考えていましたが、そうではないことに今日気づきました。英語の授業で上記のような指導がされたのは、「何か言いたい、伝えたいと生徒が感じたときにこそ心と体は密接に絡まりながらはたらく」からだと解釈しました。


もちろん評価の観点には関心・意欲・態度が含まれていますから、伝えようとする姿勢、意思も一応評価の対象にはされていますが、それでもやはり「できるようになったこと」に重点がおかれているように感じます。数値化されるものだけを見ていては、教育は現状維持。現状維持ではこのままAIに仕事を奪われていくことになるでしょう。意思、つまり心の働きを必要としない事柄についてはAIが担うことができるのですから。英語教師だけではなく、教育に携わるものとして考えなくてはならないことは、1人の人間が多くの子どもたちの成長に関わっていく中で何をしてあげられるのかということだと思います。もう4年生になりますが、しっかりと考えていこうと思います。


■ほんとうにことばを大切にするためには,ことばが選ばれる前のこの原初情報の段階を大切にしなければならない。選んで決めてしまうことを急がないで、ことば選び(動き選び)を大切にしなければならない。(野口 2003, 225)


『ことばを大切にするということ』から,S君が,自分たちは日本語でも,ことば選び(動き選び)を上手くすることができないと言ってくれました。そして私も,自分の本当に言いたいことを表現できない場面があるなあということを考えました。

私は,モーツァルトのレクイエムがとても好きなので,レクイエムのオーケストラDVDを見たり,モーツァルトの人生を描いた映画(アマデウス)を何度も見たりするのですが,1曲終わるごとになんとも言えない感覚に陥ります。これは素晴らしいTED Talksや合唱も同じで,プレゼンが終わってから拍手が起こるまでに微妙な間があります。そういうものを見たり聞いたりしたときに私たちは,「ためいきがでる」とか,「なんとも言えない」,とかいうあまりはっきりしない表現をとるように思えます。

その「なんとも言えない」感覚は,なかなか簡単に言語化できないし,言語化しようとすると,すべてが陳腐な表現に思えてしまうのです。そしてうまくことば選びをしたとしても,私の感じた,その感覚は聞き手にそのとおりには伝わりません。

野口さんが言っているのは,「やばい」とか「すげえ」とかそういう言葉を使うなということではなく,たとえ最終的に「やばい」としか言えなかったとしても,その時言語化したかった感情をああでもない,こうでもない,と慎重にことば選びをして,でもやっぱり「やばい」としか言えない,このようなプロセスが大切だと言っているのだと理解することができました。そして,慎重なことば選びを介しても,うまく表現できないとき,うまく表現できないからこそ,私たちは話し手の感情を直接経験したいと感じます。これが歌舞伎や能などの日本伝統芸能や,世界的に有名なオーケストラのコンサートが長い歴史の中で観客を絶やさない所以なのだろうと感じました。





 




2017/01/09

「わからない」という感性を大事にできる学校を作りたい


学部三年生の授業冒頭で、私塾「松葉舎」を立ち上げた江本伸悟先生のことばを伝えました。

人々が当たり前だろうと思い込んでいる事柄に対して「わからない」と思える完成が、科学にとって(あるいは人生にとって)重要ではないかといった趣旨の文章です。


「わからない」という感性の重要性 -- 江本伸悟先生と学部三年生のことば
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/12/blog-post.html



それなりに教師志望の学生さんの心に響いたようなので、その感想の一部をここに紹介します。

「わからない」という感性を大事にできる学校を作りたいと思います。





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■ 「分からない」とは、「能力がない」「理解が不十分」ということで、テストで悪い点がついて、行きたい大学に行けないかもしれないし、将来就ける仕事も限られてくるかもしれない ーー そんな「分からない」観をもっていた高校生のわたしは急き立てられるように、いつも何かを理解したふりをして日々過ごしていたように思います。大学に入ると、英語は、世界はわからないことだらけだということに気づき、焦りを感じることが多くなりました。わたしの「分からない」観はほとんど成長していなかったように思います。

”分からなさを養う余裕” ーー いつか腑に落ちるかもしれませんし、わかったふりをしない勇気と瑞々しい感性は誇っていいものなのだと思うと、もっと色んなことを学んでみたいと思えてきます。

私は塾で講師をしていますが、生徒さんたちとお話しする中で「どうせやってもわからんけぇ、勉強するのやだ!」という言葉をよく聞きます。ふとその言葉を思い出して、もしかしたら彼らも以前の私がもっていたような「分からない」観をもっているからだろうか、と思いました。

教師になりたい自分にとって、「分からない」をどのように捉えるのかということは生徒に大きく影響を与えるのかもしれないと思うと、”分からなさを養う余裕”という考え方に出会えたのは自身の財産になるでしょう。


■ たまたま先日見たTEDの動画が、このことに少し関連する内容を言っていた。自分は分かっていると思い込み過大に評価してしまうことほど怖いものはない。むしろ無知よりも恐ろしいと。この考え方は、本当に分かっていない状態とは分からないことに気づいていない状態であるとし、自分の無知に気づいている「分からなさ」を肯定する。

勉強についてよく「分からないところが分からない」という声をよく聞くが、どこが理解できていないかを分かっていればそれはもう理解に近いところにいて、さらなる学びができるということだ。

生徒からたくさん質問が出た時教師は自分の授業が分かりにくかったと肩を落とすよりもむしろ、生徒が分からないところが分かるほどに理解していてもっと学びを深めようとしていると取るのがよいのかもしれない。質問が出ることを歓迎できるような教師が望ましいような気がする。



■ 最初に「わからない」という感性の重要性について少しお話がありました。私はこれまで「わからない」ことはいけないことだと思っていました。考えても「わからない」だなんて幼稚な言い方をすれば「頭が悪い」と思われてしまうと考えていたからです。「わからない」までの過程が露呈することもあまり多くはありません。

「わからない」と言ってしまうと、深く考えてもわからなかった場合と、少しだけ考えて「無理だ!」と早々に諦めてしまってわからないと言ってしまう場合があると思います。私の文章を書く・考えをまとめる力がないからかもしれませんが、「わからない」と言ってしまうとどうしても後者で捉えられてしまうのではないかと怖がって「わからない」ことを表に出さないことが多くありました。しかし、そうすることで結局わかった気になっていたり、わからないままなかったことにしてしまっていたりしたことに気が付きました。

大学が「わからなさ」に向き合う場として最適な場所とありました。大学生になって「わからない」ことが恥ずかしいことではなくなってきたように思えます。「わからない」ことを大切にしつつ、それを何とかわかろうとする努力がさらに必要になってくると実感しています。


■ 今回の講義を振り返って,私は「わからなさに向き合う努力」が十分ではなかったと感じた。「リンゴが落ちる」という当たり前の現象に対して,ニュートンは「なぜ落ちるのだろう?」というわからなさに向き合ったため万有引力の発見につながったという例えを聞いたとき,私自身が「リンゴが落ちるのは当たり前だ」と思っている周囲の人々と同じだったと気づき,私がわかっているつもりのことにもっと目を向けていれば他にもたくさんの思いもしなかった発見があったと思うと,とてももったいない気がした。

また,今の私は「わからない」ことがあればすぐにインターネットや辞書を駆使して調べて解決しようとするが,これも「わからなさに耐える力」が不十分だからこそ,いろいろと試行錯誤したり考えを深めたりすることなく「これはこういうものだ」と決めつけてしまう悪い習慣だと感じた。

「わからないこと」を「わかること」にするためにいろいろと模索して解決しようとすることは良いが,決断を急がずにもっと深くじっくり考えて,本当に自分の納得いくような解答を見つけるために,もっと「わからなさに耐える力」を身につけていきたい。それと同様に,将来自分が受け持つ子どもたちにもその大切さを教えていけるような教師を目指したいと思った。


■ 「科学者の良心は”わからない”という感性の中にある。」額縁に入れてトイレにでも飾っていたいような言葉です。今回の振り返りはこの言葉について感じたことから始めようと思います。

まず、現代の人々がいかに「わからない」に寛容ではないかということです。問に対する答えに即時性を求めすぎているし、自分の中に「わからないもの」がある状況を異常なまでに嫌っています。スマホなどの電子機器の発達もその要因かもしれませんが、私たちは疑問に対する「間に合わせ」の答えをすぐに求めることができる社会にいます。何かわからないことがあればすぐに調べることができる。

ただ、ここでの調べるという作業は「わからなさと向き合う姿勢」とは言い難いです。なぜならもしその、「間に合わせ」の答えすら見つけることができなかったらどうでしょう?おそらく現代社会に生きる大半の人は「は?答えのってないわ。意味わからん。もうええわ」といってその問に関わることをやめてしまいますよね。

僕は、なにか問題が発生した時必ずしもその場で答えが出なければならない、とは思っていません。問題なのは、諦めて関係を絶ってしまうことです。「頭の隅に置いておけばいつかわかる日が来るかもしれない。」この考えが持てないことが問題なのです。

「頭のなかにおいておけば、」と言うのは本当で、ただそうしておくだけで答えがフッと湧いてくることがあります。不思議なことに全くそのことを考えていないときでも。先述した「わからなさと向き合う姿勢」と言うのは、なにも「目をカッと見開き、わからないことで頭をいっぱいにする」ということではありません。後に出てくるHolismではありませんが、本当に身の回りのことは全てつながっています。「当面は頭の隅に置いておいて、視野を広く、いろんなものを見てみよう。」この姿勢が肝要です。ただ置いておくだけなのですから、それくらいはできるくらいに寛容になりたいものです。


■ まず「分からない」を許容する力についてである。そもそも私は「分からない」のは、頭が悪いから、知能が低いからであり、「分からない」ものは勉強したくないと思っていた。

ではそれがなぜか。今までここを問い詰めたことはなかったが、講義を通じて考えてみると、「分からない」自分を自分自信が恥じてしまうこと、分からない状況に耐えられないこと、という「分からない」を許容できないことこそが勉強したくないと感じる原因であり、頭が悪いとか知能が低いとかいうことは原因ではない(多少は関係するだろうが)という先生の話はとても腑に落ちた。

それに伴い、「分からない」と感じて勉強を嫌になることと、「分からない」を解決して「分かった」という喜びを味わうことはたった一歩の階段を登れるか登れないかのことなのではないかなと思った。「分からない」ことへのプラスの捉え方、分からないを許容する力というものを植え付けさえすればその階段は登れて違う世界が見えるようになるのであろうなと思った。

ただ、肝心なのはその考え方、力を養うことは非常にタイトなことであり、それを身につけるように「分からないと思うのはいいことだ」と子どもたちを鼓舞し、子どもたちの「分からない」と思う感性を研ぎすませていくことが教育者の仕事なのではなかろうかと私は考える。


■ この授業の予習をしていると、分からないことが少なくありません。復習をしていても、また分からないことがでてきます。きちんと考えた結果として分からないのか、本質からさっぱり分かっていないのか、さえ分からない時もあります。しかしやはり、予習の段階で何が分からないか、どこで躓いたのかを理解しておくと、授業の中で得られるものが全然違います。''分かる''という感覚をいつもより大きく嬉しく感じることができますし、他の物事との繋がりが見えてくることもあります。''分からない''ということはそれだけその問題に向き合い思考していることなのだと思います。

そうはいっても、分からないことを分からないまま頭に留めておくのはなかなか気持ちが悪いものです。最近は新書や新聞をよく読むのですが、横文字や専門用語が多くなりがちで、分からないことを知らない言語で読んでいるような感覚になります。これを分からないなりに頭にしまえと言われても無理です。

そこで、本や新聞を読んで分からないことや、日常生活でふと頭に浮かんだことをメモするようにしてみました。私は忘れっぽいので、江本先生がおっしゃった「数年後くらいにふと、そういうことだったのかと腑に落ちたりする」ということが起きる前に忘れてしまうからです(笑)。

これは単に記憶しておくためのメモではなく、結局理解するのにも役立つことに気付きました。書こうと思うと、内容を簡潔に箇条書きにしようとか図にしてみようとか、自然と分からないことを自分なりに理解しようとする方向に向かうのです。読書メモは以前からも付けていたのですが、''分かったこと''を忘れないために書くという備忘録のようなものでした。これからは分からない箇所ほど重点的にやってみようかと思います。


2017/01/06

スクラブルの広島大会で教英生が優勝し、5人の日本代表に選ばれました


明けましておめでとうございます。今年も広大教英をよろしくお願いします。




さて、昨年末に「スクラブル」と呼ばれる英単語作成ゲームの広島大会で、教英生が優勝し、5人の日本代表に選ばれたとの報が、Katherine Song先生から入ってきたので、この場でお披露目をします。




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I am very proud to announce that on Saturday, Dec. 17th, Azumi Onari (教英26) took the first place at the 8th annual Hiroshima Inter-University Scrabble Contest.

  Six  Hiroshima University Scrabble Players (HUSPs) Aikokai competed at the event and placed 1st (Azumi), 2nd (Takuya Okuse), and 4th (Haruka Hirose, 4th year Kyoshin). 

Azumi will be one of the 5 players from Japan competing against players from Hong-Kong Scrabble Players Association next April.  The game will take place at Hiroshima International University's Hiroshima City Campus on April 1-2, 2016.

Katherine Song



2016/12/30

学部4年生Mさんによる10ヶ月オーストラリア留学体験記


先日留学から帰ってきた教英生Mさんの留学体験記です。「書いていると書きたいことが溢れてきてしまって長くなってしまいました」とはMさんの弁ですが、この体験記が読者の皆さんの何らかの参考になることを願って掲載します。Mさん、ありがとう。




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読者のみなさん、はじめまして。私は2016年2月から同年11月まで、広島大学の交換留学制度であるHUSAプログラムを利用して、オーストラリアへ留学していた教英生です。

この度は、現在、あるいはこれから教英に所属し、教英のプログラム以外の留学を考えている人へ、私の経験した留学の基本的な情報と、私の考える、留学をするにあたって知っておいたほうが良いこと(プラス面はもちろん、マイナス面も)をお伝えするために、ブログに投稿させていただくこととなりました。よろしくお願いいたします。


まず初めに、私の留学について簡単にご説明いたします。

留学方法:HUSAプログラム(広島大学と提携している海外の他大学との交換留学制度) 
派遣期間:2016年2月~2016年11月(学期制度は派遣先の大学に準ずる) 
派遣場所:オーストラリアのサウスオーストラリア州にあるフリンダース大学 
履修科目:[前期]ミクロ経済学、マネジメント、マーケティング、心理学
     [後期]マーケティング、心理学(2種類) 
備  考:私は4年生の終わりに留学しました。自分の所属する教育関係の授業をすべて履修済みであったため、今まで自分の学んだことのない、興味のある分野にチャレンジしました。一般的には3年生の時に留学される方が多く、その場合は自分の所属する学科と同じ授業を履修し、帰国後に単位交換をすることになるようです。




私は今回の留学で、生まれて初めて一人で海外へ行きました。もともと少し臆病な性格ということもあり、事前準備は念入りにしたつもりでしたが、現実はかなり厳しいものでした。文字通り、笑いあり涙ありの約10か月でしたが、帰国した今思うことは「行ってよかった。」の一言だけです。

語りたいことは数えきれないほどありますが、このブログでは「行ってよかった。」に繋がった以下の2点について書かせていただきます。

その1、挫折経験が得られたこと、そしてそこから最終的に這い上がることができたこと

その2、背景にある文化の違いを乗り越えて同じ時間を共有した、かけがえのない友達ができたこと

まず、その1について。情けない話ですが、私の挫折の発端は「英語」でした。渡航前の私は、スピーキングに対しての不安はかなり大きかったものの、リスニングに関してはある程度の安心感を持っていました。なぜなら、中高生時代はもちろん、大学においても、この「教英」という、英語に触れる機会の多いところで学ばせていただいており、留学のために必要なTOEFL試験の勉強などにも一生懸命取り組んでいたからです。たとえうまく話せなくても、相手の言っていることさえわかれば、ボディランゲージや表情をうまく使うことでコミュニケーションをとることができるだろう。そのようにしてできた友達と日々を過ごす中で、スピーキングをゆっくり伸ばしていけたらいいな。と、考えていました。

しかし、いざ現地に到着し、空港ピックアップの大学職員の方とお会いした瞬間、自分の考えの甘さを思い知らされました。自分の知っている英語とは違う単語、発音、言い回し。何度も何度も聞き返し、ゆっくり話してもらってやっと、なんとなく意味がつかめる状況。結果として、渡航前に立てた計画が一瞬で崩れてしまい、初めての海外生活に対する楽しみな気持ちもモチベーションも、こんな状態で10か月も過ごせるのだろうかという不安に変わってしまったことを覚えています。その後も、英語に対する自信をすっかりなくしてしまい、コミュニケーションをとることが怖くて、人と挨拶以外の会話を交わすことから逃げてしまっていた時期や、もう私には無理だったのだと諦め、しっぽを丸めて帰ってしまおうかと本気で悩んだ時期もありました。



実際、現地の冬季長期休暇である7月には一時的に帰国し、一度身も心もリフレッシュしてからオーストラリアへ戻りました。一時帰国することについてはかなり迷いがありました。しかし私の場合、一時帰国前とその後で気持ちやモチベーションがかなり良い方向へ変化し、後半戦ほとんど悩むことなく全力疾走することができたため、いい選択だったと思っています。

このようにかつてないほど自分と向き合って日々を過ごすうちに、自分が今までいかに周りの環境に恵まれ、周りの人々に支えられていたのかを痛感し、ここで意地でも頑張りぬき、帰国後にこれまで出会った人々に恩返しをしたいと思うようになりました。

そう思えるようになってからは、この留学を自分の中でプロジェクト化し、最終目標「完全帰国までに日本にまだ帰りたくないという気持ちになる」に向けて、数か月に一度、自分のプラスの気持ちや思考を赤、マイナスを青と色分けすることで整理する時間を作り、生活していました。初めは真っ青だったページも、帰るころには真っ赤、、、とは言わないまでも、最終的に「また絶対にここに帰ってきたい」と心から思うことができるまでになりました。

挫折の発端であった英語に関しては、初心に返り、恥を捨て、ネイティブでいう幼稚園児くらいのレベルの英語で中高時代に学んだ文法や構文をフル活用することでコミュニケーションをとっていきました。3人以上になるとほとんど会話についていけなかった初めのころは、2人で会話できる機会を大事にして、不自然な言い回しや間違った単語を友達に直してもらっていました。

たまに「日本の学校の英語教育は使えないから無意味だ」なんて言葉を耳にしますが、私は、そのように言われている英語教育に救われました。確かにそのままだと自然には使えないかもしれないけれど、自然な英語を話せるようになるための最高の材料なのだと感じました。その材料をそのまま食べて美味しくないと感じるか、自分で努力して美味しく料理するかはその人次第なのではないかなと、思いました。





長くなりましたが、続いてその2、背景にある文化の違いを乗り越えて同じ時間を共有した、かけがえのない友達ができたことについて書いたのち、終わりへと繋ぎたいと思います。

上に述べたように、はじめはなかなかできなかった友達ですが、2人で話をする機会を積み重ねていくうちに、自然と距離が縮まっていきました。また、私の派遣先大学にはJapanese Speakers Clubという、日本が大好きで日本の文化や言葉を学びたいと思っている学生たちによって立ち上げられたサークルがありました。わたしは、そこで週に2回、日本語と日本ならではの文化や風習を教えるお手伝いをしていました。学ぶ内容は日本語と日本文化でしたが、使用言語は英語であったため、私自身の英語の練習をする本当に良い機会でした。自身が広島大学で4年間学んだ知識や、3年生の時に教育実習をさせていただいたときの学びを、少しですが活かせたこともまた、貴重な経験でした。

また、ご縁があって後期からクリスチャンのサークルにも顔を出していました。私自身はクリスチャンではないのですが、マネジメントやマーケティングの授業で宗教というトピックがよく扱われるのにもかかわらず、日本であまり馴染みがなかったため、勉強のために参加していました。オーストラリアは日本と比べると多民族国家であったため、そのような場でできた友達は国籍も文化も価値観もバラバラでした。それでも、ある時にはきれいな景色を見に出かけて共にはしゃいだり、ある時にはcontroversialなテーマで真剣に意見をぶつけ合ったり。そんな素敵な関係を築くことができました。私が「また絶対ここに帰ってきたい」と思えたのは、彼らのおかげです。

総じていうなれば、今まで生きてきた人生の中の最もどん底を経験し、最も自分と向き合い、最も成長できた、最高の留学でした。

これから長期の留学を迷っている方には、チャレンジしてみることを心からお勧めします。決して楽しいことばかりではないかもしれませんが、楽しくないからこそ得られる貴重なものが数えきれないほどあると思います。そして、留学の決断、準備段階はもちろん、留学中でも、何か困ったことや聞きたいことがあればいつでもご相談に乗りたいと考えております。

大変長くなりました。最後まで読んでくださってありがとうございました。








2016/12/29

クラーク博士のことばについて(教英OBの方からの情報提供)


先日の「翻訳あそび」の記事について、ある教英OBの方(峯野光善先生)から情報提供をいただきましたので、その方の了解を得た上で掲載します。

峯野先生は、ネット上に投稿するときには責任の所在を明確にするために匿名やハンドルネームではなく、実名で投稿すべきとお考えだそうですので匿名化しませんでした。


OB・OGの方々の期待に応えることができる、いや期待を超えた活躍ができる教英でありたいと思っています。

今後ともOB・OGの方々あるいは、教英に期待する一般の方々からの叱咤激励をお待ちしております。






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広大教英ブログをいつも楽しく、また、為になるなあと思いながら読んでいます。

ところで、12月15日配信の『自主勉強会「翻訳あそび」』の以下の記述について3点ほど気になるところがあったためにメールを差し上げる次第です。


「今回の課題はクラーク博士の有名な一節です。皆さんでしたらどう翻訳しますか?この一節は、クラーク博士が北海道を離れる際に、学生たちに駅のホームで述べたことばだそうです。」



1点目。クラーク博士が有名な言葉を発した場面。

「クラーク博士が北海道を離れたのは、1877年4月。その日、学生たちは札幌から24キロメートル離れた島松駅逓所まで博士を見送りに行きました。まだ、北海道に鉄道が敷設されていなかった時代、各所に駅逓所と呼ばれる人・馬のための駅があったのです。いよいよ別れの時――。博士は教え子たちと一人ひとりと固い握手をかわし、別れを告げます。そして馬上から、時代を切り開こうとする若者たちに「大志を抱け!」と言葉を投げ、励ましたのです。」


2点目。異なるテキストが存在すること。

"Boys, be ambitious!
       
Be ambitious not for money, not for selfish aggrandizement,
not for that evanescent thing which men call fame.
Be ambitious for knowledge, for righteousness,
and for the uplift of your people.
    Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be."

1点目及び2点目は、近江誠(2005)『挑戦する英語!』(文藝春秋社)の12ページ及び13ページからの引用です。言葉を発した場面や、2点目の第3段落の部分を考慮に入れるとまた違った「翻訳」になるのではないでしょうか?


そして、3点目。

クラーク博士が札幌を去る時、本当に “Boys, be ambitious” で始まる言葉を言ったのかという疑問です。この点についてはおそらく、北海道大学附属図書館の「 “Boys, be ambitious!” について」が決定版であろうと思われます。結論を言えば、“Boys, be ambitious!”と言ったかもしれないが、それ以降の言葉は、後年になって様々な人が付け加えたものであるということになります。


以上、何かご参考になれば幸いです。

広大教英のますますの発展と教育の充実を願っています。



2016/12/23

光脳機能イメージング装置と視線計測装置のセミナーとデモンストレーションを行いました

日新精器株式会社様、島津製作所様、トビー・テクノロジー様にfNIRS(近赤外線を用いて大脳の活動をリアルタイムに観察する方法)による脳機能計測装置とアイトラッカー(眼球の動きを見る装置)のセミナーとデモンストレーションを開催していただきました。



まず、島津製作所様から、fNIRSの特徴と利点、測定原理、利用可能性について説明をしていただきました。



次に、実際に被験者の協力をいただいて、調査のデモンストレーションを行ってもらいました。今回は、英語の説明文、英語の詩、日本語の詩を使って、読解中のウェルニッケ野近辺(主に言葉の理解に関係するとされています)の活性状況と、視線の動きを計測しました。さらに、データ分析のデモンストレーションとして、これら3つの条件において、ウェルニッケ野の活性がどのように異なるのか簡単に解析してもらいました。




今回はリーディングをテーマにしましたが、このような研究方法は英語教育の様々な側面に利用できると思います。こうして英語教育はどんどんと学際的な学問領域になっています。


2016/12/22

「翻訳あそび」2回目です



以下、小野章先生からの寄稿です。前回に引き続き管理人も拙訳を加えました。

今回も皆さんご自身で翻訳をした上で下の翻訳を読み比べて「翻訳遊び」を楽しんでみませんか?



*****


原文



ながい たび,とおい たび,けれども, ぼくは,  
どこに いようと, きみを おもって いるでしょう。  
きみの だいじな しあわせを いつも いのって いるでしょう。

(『ないた あかおに』:あおおにが,あかおにに宛てて書いた手紙から引用)









翻訳


A
A journey long and far.
But I am thinking about you wherever I am.
I am praying for your dear happiness.



B
I don’t know how long I’ve been walking.
But I want to know how you are doing.
Wherever I am, whatever you do, I hope
your happiness with your best friends.



C
It will be a long going.
I will worry about whether you can get along with people, wherever I am.
I hope you can forever.



D
A long, winding road.
Wherever I go, I will never forget you.
Wishing my dearest a happiness, forever.



E
It is a long goodbye.
But, wherever you are, you are always in my thoughts.
I always hope you are happy.



F
Wherever I am and you are
I’ll never forget you.
If you’re with them happily
I’ll be glad of thinking of it.



G
In my long, long journey far, far away,
Missing your presence at any place,
Wishing your happiness in any way,
Me, without you, my most precious.






「翻訳あそび」2回目です。

12月22日(水)午後1~2時まで小野研究室で学部二年生有志と実施しました。

今回は『ないた あかおに』の最終部分の翻訳(英訳)です。


「おいしいおかし」と「おちゃ」を楽しみながらの,今回も「あっと言う間の1時間」(学生M君)でした。

翻訳後に出た感想もご紹介します。


・「原文の質が翻訳の質に反映する」
・「易しい英語にすることがこんなに難しいとは思わなかった」 
・「journeyとtripって,どう違うんだっけ?」 
・「映画のセリフで良いと思った “I’ll never forget you” を使ってみた」




大学院生 研究助成事業に採択

中国地区英語教育学会の研究助成制度である「CASELERs」に、教英M1の上原さんの研究が採択されました! 中国地区英語教育学会のWebサイトは こちら 研究成果は、来年度の中国地区英語教育学会(本学にて開催)または全国英語教育学会 大阪研究大会にて報告されます。現在教英の大学院...