2016/08/09

河野健治先生による公開ワークショップについての学部生の感想

7/31(日)の公開ワークショップでは河合塾広島校の河野健治先生に情報提供をしていただき、そこから会場の小グループで話し合い、その後に会場全体で知見を共有することを試みました。知見の共有の際は、会場に来ていた高校生や大学学部生も積極的に発言してくれて、とてもいい雰囲気でワークショップを終了することができました。



その雰囲気は後まで残り、先日学部生のK君が「あのワークショップのことをぜひ文章でまとめてみたいんですけど」と自発的に申し出てくれました。




以下にその文章を掲載したいと思います。当日の学びがこのブログ読者の皆さんにも少しでも伝わればと思っています。



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 今回は、ワークショップとして河合塾で英語科の講師をされている河野健治先生のワークショップに参加させていただき、河野先生の33年間の予備校講師の経験から、どのような点が英語教育の問題点なのかということについてお話を聞かせていただきました。今回は、このお話の中で私自身の二つの「目」を開かれたような気がしたので、そのことについて述べていきます。

 一つは、英語と日本語の関係についての「目」を開けていただきました。河野先生は「英語と日本語はまったくの別物であり、これらを完全な互換性があるものと考えること自体筋が通っていない」と述べられていました。私は中学校で初めて英語の学習を始めてから大学で英語教育について学び直すまで、英語の意味は日本語でカバーできるものである(しなければならないものである)と考えていました。というのも、中高では、この単語はこのような訳出をすべきだと教えられた経験や、模範解答と同じような日本語にしなければ、校内の定期考査などにおいて日本語訳の問題で点数がもらえない経験があったからです。しかしながら、このような考えが、「be seated=座らせられる」という不自然な日本語につながっていたことを河野先生のお話の中で改めて気付かされました。このお話から、生徒たちが誤った言語観に陥ることなく英語学習に取り組む態度を意識させていきたいと思うようになりました。

 もう一つは、高校生は様々な教科で学んでいることを前提に英語を教えていかなければならないという「目」です。例えば、英語科においては受け身といえばbe動詞と過去分詞ですが、国語科においての受け身は現代文と古文のそれぞれにおいて別々に教えられています。そのことを英語教師が自覚しないままに英語での理屈ばかり教えても、生徒は混乱するかもしれません。つまり、英語科の教師として、他教科の学習も同時に行っている生徒の目線に立って教えていくことが必要だと学びました。また、このように他の教科について英語科の教師が知るということは、英語科の授業内容にもプラスの効果があります。例えば、オゾン層に関する英語の長文などには、化学式の知識が活用できるかもしれません。

 以上簡単ですが、私が先日のワークショップで特に学んだことをまとめさせていただきました。大学入学後、高校生の時に自分自身が感じていた疑問を将来の私の生徒に再び感じさせることを防ぎたいという気持ちになりましたし、なんといっても33年間のエッセンスの詰まったワークショップでは、ここには表しきれない程のことを学ばせていただきました。河野先生、ありがとうございました。

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講師の河野先生および当日ご参加いただいた皆さまには改めて心から感謝します。





2016/08/04

8/18(木)と19(金)のオープンキャンパスでミニ講義「丸暗記英語からの脱却 -- UpとDownを例にして」を行います。


広島大学では8月18日(木)と19日(金)に、学部進学希望者を対象としたオープンキャンパスを開催します。

教英(教育学部英語文化系コース)では、教育学部K108教室で、両日の12:00からと13:40からの時間枠を使って、教英の紹介を行います。紹介では現役の学部生や大学院生にも語ってもらいますが、教員(柳瀬)も少しだけ時間をとってミニ講義を行います。「丸暗記英語からの脱却 -- UpとDownを例にして」と題して、言語の身体性と創造性を実感してほしいと願っています。



教英への進学を考えている高校生(あるいは中学生)、およびその保護者や関係教師の皆さま、ぜひお越しください。

例年のパターンでは、一日目の第一回の講義が一番人数が多く、立ち見でも入りきれない状況が続いております。お越しの場合は、二日目の方が落ち着いてご参加できると思います。もしどうしても一日目の第一回目にしか参加できない場合は、できるだけお早めに会場入りし、席を確保なさってください。

教英は意欲ある高校生を求めています!

平野洋平さんの学会発表の感想(研究への「批判」を「非難」と誤解しなければ、「批判」は宝の山として受け止められます)


本講座の博士後期課程3年目(D3)の平野洋平さん(J-SLA2015口頭発表賞)が今年も学会発表をしました。その感想を寄せていただいたのでここに掲載します(働きながらの大学院生生活はとても忙しいのですが、その中でこの文章を寄せてくれた平野さんには心から感謝します)。






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言語科学会・第18回国際年次大会(JSLS2016)〔東京大学駒場キャンパス〕にて、口頭発表をさせていただきました。今回の発表は、昨年に続きこの学会での2度目の発表でしたが、学会に参加された方が過去最多だったらしく、自身の発表としましても、これまでにないほど多くの方に発表を聞いていただく機会に恵まれました。お陰様で、発表直後のQ&Aの際だけでなく、発表後の空き時間や懇親会、さらには翌日にも、様々な方に声をかけていただきコメントやアドバイスを賜る幸運に恵まれましたことを本当にありがたく思っております。

さて、学会で発表をする機会に恵まれるメリットの1つに、(月並みではありますが)自身の研究についてより多くの方々に知っていただくことや、自身の研究について第三者の目から客観的な鋭いメスを入れて頂くことがあげられると思います。第三者にメスを入れられるということは、つまり自身の研究を何らかの形で「批判」されるということになるかと思います。他者から批判を受けるということは決して心地良いものではありませんが、この「批判」を「非難」と誤解しなければ、他者からの「批判」は宝の山として受け止められるものと思います。

話がそれますが、広島大学大学院教育学研究科(博士課程後期)の学生は、少なくとも2種類のゼミで定期的に自身の研究の進度を報告する必要があります。そこでは、複数の先生方・修士や博士の院生方に向け、自分自身の研究内容・進度を発表し、質疑応答をこなさなければいけません。

このゼミの良いところとして、(1)専門分野の異なる様々な先生方・院生からのコメント(批判)がもらえること、(2)研究が成熟していく様々な段階・過程を目の当たりにできること、があげられるかと思います。これらは自分自身の研究についてのみ当てはまることではありません。他者の研究に対してオーディエンスがどのような切り口でコメントをするのか、また、他者の研究がどのように進展していくのかを目の当たりにできることも、自身の研究を進める上で大いに役立つ部分です。

さて、上記(1)の「コメント(批判)」についてですが、これは控えめに言っても生易しいものではありません(笑)。やはり厳しいコメント(批判)が飛び交うことも少なくありません。しかし、その厳しいコメント(批判)は、ある1つの共通のエッセンスを含んでいるものと理解していますし、自分はそのエッセンスを含めてコメント(批判)をするように心掛けています。

そのエッセンスとは「その人の研究を(が)より良いものにする(なる)には…」というものです。単なる粗探しや上げ足取りのようなものではなく、お互いの研究に足りていないものや研究の弱い部分を率直に指摘し合ったり、有益と思われる情報を提供し合ったり、新たな着眼点を提示し合ったりと、positiveに捉えればお互いの研究が進展するきっかけになるものがそのほとんどです。そういう意味では他者からのコメント(批判)は「易しい」ものではないかもしれませんが、そのほとんどが自身の研究にとって「優しい」ものであると思うのです。少なくとも、決して「非難」ではないはずです。研究者が周囲の言いなりになる必要はもちろんないでしょうが、こうした定期的な発表の場は周囲の声に素直に耳を傾ける良いトレーニングにもなっているものと思います。

そのように考えると他者からのコメント(批判)はいろいろともらえるに越したことはないものとなるわけですが、相手からそれなりの「的を射た」コメント(批判)をもらうためには、自身の研究の内容・進度をオーディエンスに正確に理解してもらうことが大前提です。上述の広島大学のゼミでも、オーディエンスにとって理解しやすい発表・読者に優しい文章・(学会発表をする場合は)オーディエンスに有益な情報の提供など、聞き手・読み手に対する十分な配慮が求められます。これは「言うは易し」で、なかなか実行するのは難しいものですが、それでも普段のゼミから研究内容だけでなく発表の仕方や文章の書き方にまでわたって指摘や助言がいただけるのは本当にありがたいシステムです。

学会発表の感想のつもりが、何やら広大大学院の紹介みたいな文章になってしまいました…(笑)私自身が学内外での発表の際にいただくコメント(批判)を宝の山として受け止めることができるようになった背景には、広島大学でのこうした日常があります。

今回の学会発表に話を戻しますと、自分としましてはそれなりに納得のいく形で発表を終えることができたものと考えております。研究内容にしても発表の仕方にしてもまだまだ改善の余地だらけではありますが、多くのオーディエンスの方から様々な反響をいただけたという意味では、それなりにまとまりのある発表として仕上げることができたのかもしれません(過信は禁物ですが)。今後も発表の機会に恵まれた際には、オーディエンスの方に楽しんでいただけるよう、できる限りの準備を施した上で発表に臨みたいと思います。

院生生活が始まってから、この学会をはじめ複数の学会で口頭発表をさせていただきましたが、その一部をようやく論文として投稿し始めたところです。今回の発表の内容に関しましても、頂戴した様々なご指摘やご助言を反映させながら論文という形でのご報告をしたいと考えております。そして、しっかりとした博士論文を仕上げたいと思います。口頭発表だけでなく、論文もわかりやすいと言っていただけるよう最善を尽くします。

最後に、発表を聞きに来てくださった皆様に改めましてお礼申し上げます。ありがとうございました。発表の機会を与えてくださった学会関係者の皆様にもお礼申し上げます。ありがとうございました。また、自身に研究について、普段からご指導いただいている先生方、様々な指摘・助言をしてくださる院生の皆さんにもお礼申し上げます。ありがとうございました。

【学会名】
 言語科学会(The Japanese Society for Language Sciences)
【大会名】
 第18回国際年次大会(JSLS2016)
【日程】
 2015年6月4-5日(発表は4日の15:45-16:10)
【場所】
 東京大学〔駒場キャンパス〕
【発表題目】
 日本語話者英語学習者による英語結果構文・英語移動構文の容認性判断:検証方法を統一・改善して
(学会HP:http://jslsweb.sakura.ne.jp/wp/?lang=ja)
(大会HP:http://jsls.jpn.org/conference/)
(大会プログラム:http://jsls.jpn.org/conference/wp-content/uploads/2016/04/JSLS2016Program2016-5-16.pdf)

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2016/08/03

学部3年生のO君が、英検一級に一発合格しました(英検一級のために必要な力は基本的な英語力です。試験力ではありません)


この度、学部3年生のO君が、初めての受験で英検一級に合格しました。英語学習の参考になるかと思い、O君に感想の執筆をお願いしたところ快諾してもらったので、ここにO君の感想を掲載します。




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この度無事英検一級に合格することができました。一発で合格できるとは思っておらず、合格が分かった時は嬉しさとともに驚きを感じました。

私は学科のプログラムで去年の春から夏にかけてイギリスへ数か月の留学をしましたが、そこでの経験が大きなカギとなったと思います。中高生の頃から英語を得意科目としていたのは事実ですが、それは実践的なコミュニケーション力とはかけ離れたものでした。短い間でしたが、海外での生活はそんな自分の中の間違った常識を覆してくれました。自分の英語力、延いては英語力とはそもそもどういうものを言うのかを考えることが多くなりました。そんな中、自分の中でも表現力が伸び、総合的な英語力が高まっているのが見てとれ、これまでにないモチベーションとなりました。

帰国後もその意識はうすれず、絶えず英語力を伸ばすための工夫を自分なりにしていました。ニュースサイトや読書などで英語を毎日「読む」こと、映画やドラマ、ニュースを「聞く」こと、大学の授業やひとりでいる時さえ、英語を「話す」こと。これらのことを極力心がけていました。(ライティングに関して何もしていなかったのが反省点です。)

ただし、この時点では英検を受けることなど全く考えていませんでした。ですが、こういったことを続けるうちに、自分の英語力がどれくらいなのか、それを示すものを持っておきたいと思うようになり、これが英検を受けるきっかけとなりました。それ以降、英検準一級、一級を取得したのでした。

さて、英検一級のためにしたことですが、上記のように日頃からR、L、Sのトレーニングを持続したのが一番効果的だったと思います。英検一級ともなると内容はかなりアカデミックになり、大学受験レベルの英語力では歯が立ちません。そのため、試験のための対策よりも前に、根本的な英語力を築く必要がありました。その方法は人によって様々ではあると思いますが、私の場合は上記のようなことを極力かかさずにいわばルーティンとして行っていました。もちろん今も続けています。

試験対策としては過去問を数問解いて時間配分やリスニングの問題形式を確認した程度です。また軽視しがちであったライティングの対策も少し実施しました。二次試験に関しても特別なことはしていません。過去問を見ながらひとりでぶつぶつ話したり、誰かに聞いてもらったりした程度です。

これらの経験から思ったことは英検一級のために必要な力は基本的な英語力です。試験力ではありません。日頃の学習がものを言います。また、英検一級やTOEIC満点など世間で多少評価を受けているようですが、その先に目指すべきものは無限にあると感じます。英語を生業をする人たちのレベルは英検0級、TOEIC1200点と言われています。その先にはネイティブという究極の存在がいます。いくら努力すれども、目指すべきものは常に手の届かないところにあります。一見終わりのないしんどいレースのように思われますが、これが生涯を通じて学んでいける言語学習の魅力だと思います。

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上でO君が「イギリスへ数か月の留学」と言っているのは、教英が英国のエディンバラ大学とウォリック大学と提携して毎年実施している留学プログラムのことです(O君はエディンバラ大学へ留学しました)。

それにしても「英検一級のために必要な力は基本的な英語力です。試験力ではありません」というのは至言だと思います。また、「英検一級やTOEIC満点など世間で多少評価を受けているようですが、その先に目指すべきものは無限にあると感じます」というのもその通りです。

試験の合格や高得点獲得だけを目的にして問題集解くことしかしない(そして目的達成したら自慢ばかりする)のではなくて、日頃から自分の生活の中に英語使用を組み込むことで人生を豊かにし、時折、試験で自分の英語力の公的証明をもらうというのが王道だと私も考えます。

自分の人生と社会を豊かにする英語学習を目指した英語教育を推進したいと思います。

ともあれ、O君、おめでとうございます!





二川敬伍先生からのメール(「実践の語り」の重要性)


7/31(日)の学会の「実践研究発表」で発表をしてくださった二川敬伍先生(広島県立三原高等学校教諭)からメールをいただきました。ご本人の許可を得て、ここにその一部を掲載します。





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私の実践発表は拙いものでしたが,自分の実践をメタ的に見つめ直す良い機会になりました。本当は上手くいっていない部分の方が圧倒的に多いのですが,普段の自分なら見落としてしまいそうな良い兆候がほんの少し見えたりしました。 
「実践の語り」の重要性は,現場の教員にとっても,非常に有益だと改めて感じました。
また,目の前にある課題をどのように発見し,どのように向き合って解決していけばよいかを考える際に,大学院で研究をした2年間がかなり活きたように感じました。 
修士論文を書くという学術的訓練は,上手くいかない実践の原因を見つける手段や,見つかった原因や課題を解決する手段を模索する実践改善に確実につながっているように思います。(もちろん,それが自然にできる人もいるのでしょうが。) 
ですので,教員を目指している学部生に,是非大学院に行くようにとお奨めしておいてください!
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二川先生は、教英の学部・大学院(修士課程)を経てこの4月から正式採用の教員として働いています。初年度は環境に慣れるだけで精一杯で、授業はなかなか思い通りにいきませんが、そんな中で自分を冷静に観察し、それを仲間に語ること、そして仲間と語り合うことは、自分の本来の可能性を取り戻すために非常に有効であることは、数々の経験者が語る通りです。

この教英学会の実践発表を、そのような機会として活用したいと思っています。

実践が成功したから発表するわけではなく、かといって失敗したから発表するわけでもなく、自分が自分らしくあり、自分のもてる力を十分に現場で発揮できるための実践研究を目指したいと思います。自分の失敗や弱さも、そしてもちろん成功や強さも素直に発表できる学会文化を育てます。

すでに、来年の学会でぜひ発表したいという声も事務局に届いています。そういった声は最大限尊重しますから、ぜひ卒業生・修了生という仲間と自分の悩みを共有したいという人は、教英スタッフにご連絡ください。


2016/08/02

「実践研究発表」を終えて -- 語り合う文化を今後も育てます--


7/31(日)の学会の「実践研究発表」を主催した樫葉みつ子先生より感想をいただきましたので、ご紹介いたします。このセッションでも、一方的な「発表-傾聴」の形にせず、発表の後に参加者同士で語り合った後で、積極的に質問をして、コミュニケーションを深めるという形を取りました。




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大学内で実践研究発表を聞く機会は大変貴重ですので、課題意識をもって実践を行っている卒業生・修了生と聴衆とが、知恵や熱意を交流させる場にしてもらえたらと思っていました。

期待以上の充実した会になったのは、発表内容のすばらしさに加えて、学部生・院生からの積極的な質問のおかげです。本質をついた質問と納得のいく回答があんなに行き交うなんて。「みんないい先生になってね。」と、進行を忘れて、心の中で声援を送っていました。

発表してくださった藤本裕佳里先生と二川敬伍先生、ご参会の皆様、本当にありがとうございました。
樫葉みつ子

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管理人のYも、発表してくださった二名の先生方の自己分析の確かさと、何人もの学部生や院生が積極的に質問する姿に正直感銘を覚えました。



一昔だったら、このような発表では若手実践者が恐る恐る発表し、そこに「やり手」と評される中堅どころが鋭利な質問を投げかけ--しばしば「切る」というメタファーが使われました--、最後に大御所がまとめると後は一同礼をして終わりといったパターンが多かったものです。ですが、今回の学会ではそのような雰囲気は完全に払拭され、若い人も臆せずに、経験豊かな人も偉ぶらずに、学会全体でコミュニケーションが深められたのではないかと自負しています。

このような語り合う文化を今後も育てたいと思います。


2016/08/01

学会成功! 院生に感謝します


大学院修了生中心の7/30(土)の広島大学英語教育学会と学部卒業生中心の7/31(日)の広島大学英語文化教育学会 --両学会は近いうちに統合します!-- が盛会のうちに終わりました。お越しいただいた皆さま、お忙しい中に発表をしてくださった先生方に深く感謝申し上げます。





学会の様子は今後このブログでお知らせしますが、本日は取り急ぎ、スタッフとして働いてくれた大学院生の皆さんに感謝の意を評したいと思います。


学校現場で聞こえてくる声の多くに、チームプレーをしようとしない少数の教員についての不満があります。

現場には定型的・規則的な仕事だけでなく、突発的だったり不規則だったりするが、誰かがやらねばならない仕事があります。

そんな仕事--それはしばしば事件といった形をとります--が生じた時に、よい学校でしたら誰からというわけでもなく全員が視線を交わし、「私がこれをやりましょう」、「じゃあ僕はこちらをやります」、「私はこちらの対応をします」と自発的に問題解決のための協働が始まります。そのような職場は問題も少なく、働きがいもある職場となります。

しかし少数の教員が(あるいは少なからずの教員が)、そんな問題が起こった時に、微妙に視線をそらして責任回避にはしったり、しゃあしゃあと理屈を並べて自分にはそれをやる義務はないと演説を始めたり、あるいはオロオロと浮足立つだけになったりすると、問題は刻々と悪化します。職場の問題はますます増え、深刻になり、働きがいも失われてきます(特に問題を回避ばかりしている教員が、問題が一段落した時点で評論家よろしく批判ばかりすると、敢えて火中の栗を拾うような思い出問題対応した教員は意気消沈してしまいます)。

もちろんそのような組織はつぶれます。民間でしたら倒産という形でつぶれますが、公的組織である学校は一気に倒産という形でつぶれることはなく、学校の危機という形で崩壊の道をたどります。

そうなると教育委員会としては腕利きの校長や熟練教師をその学校に派遣して学校の再生を図りますが、それにしてもその学校の教員が「自分はできるだけ楽をして生きていきたい」ということばかり考えているようだと、再生すら困難です。

実は、そのようにチームプレーができない教員の存在は、きわめて残念ながら否定できません。
私は--この文章には個人的意見が多いので、ここで改めて私の名前を出しておきます。柳瀬陽介です--、世間から教員のバッシングがある度に、私が直接・間接的に知っている「地の塩」ともいうべき誠実な教員の姿を思い浮かべ、世間の無理解に対して反発をしますが、一方で世間から批判されても仕方がない教員がいないわけではないことを思いうかべるたびに忸怩たる思いになります。


長くなりましたが、広大教英いや広島大学から卒業・修了して教職あるいは他の公務につく人は、自分が楽をすることばかり考えている者として公務に携わらないでほしいと個人的には強く思っています。

公務員 --public servant、つまりは公的な奉仕者もしくは「全体の奉仕者」-- は一定の身分と給与の保証を得る代わりに、誠実に公務に携わる義務を担っています。 (もちろん逆に、過酷なまでに自分を追い込んで「滅私奉公」することにも私は反対しています。そういった「滅私奉公」の悲劇をいくつも知っているからです)。

この点、今回の広大教英院生の働きはすばらしいものでした。特に(あえて名前はあげませんが)何名かの院生の働きぶり、機転の働かせ方、誠実な対応、責任感などには感心しました。学会の成功はスタッフとして働いてくれた院生のおかげです。心から感謝し、また、彼ら・彼女らのことを誇りに思います。

若い院生がこれだけ自発的に動いてくれたのだから、給料をもらって研究・教育をやっている教員としては、その何倍もの努力を(健康に気をつけながら)しなければならないと改めて思わされました。

ともあれ、学会に関わってくださったすべての皆さんに感謝します。

具体的な報告はまた折々にします。本日は取り急ぎ院生への感謝のことばまで。



大学院生 研究助成事業に採択

中国地区英語教育学会の研究助成制度である「CASELERs」に、教英M1の上原さんの研究が採択されました! 中国地区英語教育学会のWebサイトは こちら 研究成果は、来年度の中国地区英語教育学会(本学にて開催)または全国英語教育学会 大阪研究大会にて報告されます。現在教英の大学院...